年齢を重ねることは

少し前から、とある年配の方による「意味のない長電話」に辟易しています。
自分の時間を奪われる度に「こういう年齢の重ね方をしてはいけない」と、反面教師にしています。

まだ携帯電話などなく、連絡手段は各家庭の固定電話しかないという時代、そのひとは、
「夕方から夜9時くらいまでは、お夕食の用意もあるし、食事をしている可能性が高いから、相手のおうちのことを考えて電話をしてはいけない」
「夜遅くにかける電話は、緊急のお知らせだけ」
「夜分にかけるときは、話を始める前に相手の都合を確認すること」
と教えてくれる、気配りのひとでした。

携帯電話が普及した今も、そのあたりの事情は変わらないはず。
にも関わらず、夕食の時間、夜遅く、休日の早朝など、こちらの都合を考えている様子の見えない時間帯に掛けてきます。
独身のひとり暮らしだから、融通が利くと思っているのかもしれません。

まだ、何かしら要件があればいいけれど、ひたすら自分のことを話すだけ。要は暇つぶしなのです。
一時期、わたしの健康問題を心配しているという名目で電話してくることもあったのですが、心配している様子なのは最初のひとこと・ふたことだけで、あとの話題は自分のこと。今日の出来事、昨日の出来事、それからさらに前の出来事、前にも話した話を再度、それ聞いたよと言っても止まらず、とにかくずっと。

通話時間は1時間を超えることはざらで、その間、わたしは何もできずに話を聞き、相槌を打つだけの不毛な時間を過ごします。それによって、やらなくてはいけないことが後ろ倒しになり、睡眠時間を削ることでなんとかこなし、結果、翌日に差し支えることになります(平日なら、昼休みなどに仮眠して乗り越えます)。

電話を取らないことも考えたのですが、相手の年齢から緊急の用件であることも予測できるため、取らざるを得ません。
と思ってきたのですが、何かあればメッセージ残すだろうし、放置するのも手かもしれません。でも折り返しせずに放置すると拗ねることもあるし、やっぱり難しいかな…。


ずっと、年齢を重ねることは悪いことではない、と思ってきました。
肉体の衰えは実感としてあるけど、若い頃より精神面の余裕ができて、生きるのが楽になったし、昔に戻りたいとは全く思いません。
でも、先述の年配者の対応をしているうちに、そう思っていられるのは50代くらいまでかもしれないと思うようになってきました。

それより更に年を重ねると、徐々に視野が狭くなり、考え方は自己中心的になり、空気が読めなくなっていく。
昔は周りに気配りしてきたひとが、相手のことを考えずに、自分都合の電話をしてくるような状態になるのです。

おそらく、視野が狭くなることも、自分中心的になってしまうことも老化の一環で、避けるのは難しいのではないかと思うのです。
じゃあ、どうすればいいか。
むやみやたら他人に絡む時間をなくす、つまり、暇じゃなくなればいいんじゃないかと思うのです。

没頭できる趣味を持ち、忙しく過ごすことで、暇な時間を無くします。
暇な時間がなくなれば、暇つぶしのための相手を求めなくてよい上に、毎日が充実して、心も満たされるのではと思っています。

思えば、わたしの周りの年上ダイバーは、周りに気遣いのできるかっこいいひとたちばかりです。みなさん、スキューバ以外にも楽しんでいることがあり、充実している様子です。


年が明けると、わたしはひとつ年を取ります。
意味のない電話にうんざりして、未来の自分に不安を感じていた今日この頃でしたが、身近によい手本を発見できて、少し気持ちが軽くなりました。

プロフィール

やすなり近影

やすなりゆきよ(yukiyoYasunari)

海潜(うみもぐ)イラストレーター。

趣味のスキューバダイビング繋がりで、イラストやデザインのお仕事をいただいたりしています。

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